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抗がん剤 FEC-第2回

10 07 *2010 | 病気のこと

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FECは3週間に1回を4クール。
血液検査をして白血球の数値が戻っていないと受けられない。
一度ストップすると初めからやり直しになってしまうので、この血液検査の結果聞くまでドキドキ。
朝8時前に病院に到着。血液検査の結果が出たら診察。そのあと点滴待ち。これがすっごい待たされる。10:30すぎにやっと呼ばれて、初めに吐き気止め(イメンド)を飲んで、効き目が出てくるまで待つ。そして中に通され、吐き気止め・FECを点滴。(45分間)午前中病院で過ごし、午後は帰ってぐったり横になる。そんなかんじ。

/25~/27両親が来てくれた。

9/17 第2回目投与
吐き気が激しく、食前胃液のようなものを吐く・・・。
/27あたりから口の中が苦くなる。味覚がおかしい。

/29 ドリカムのファンミーティングに当選!
これは私へのご褒美?ドリに間近で会えるかもしれない。でも具合悪かったらいけないかも?旦那とゆうたんに相談したところ「辛い思いしてるんだから、ご褒美だよ。体調良ければ行っておいで」と言ってくれた。うれしかった。
皆応援してくれてるんだから頑張らなくては。

23:10

抗がん剤 FEC-第1回

09 11 *2010 | 病気のこと

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手術後、療養のため仙台へ一時帰省をした。
抗がん剤投与の副作用の脱毛に備えて長かった髪をばっさり切った。
坊主にはしたくなくて、ショートヘアにしてもらった。
「結構似合うかも?!」なんてね。

そのあと術後の検診を終え、いよいよ抗がん剤投与スタートとなった。

第1回目投与(8/27)
ど緊張。母に付き添ってもらう。午前中に投与が終わり、午後自宅にいたがだんだん副作用が現れてくる。その日のうちに頭痛、脱力感、吐き気が4回。

5日目母が仙台に帰る。

だんだん日が経つにつれて、白血球が減少し始め、免疫力が低下。喉が痛くなってくる。抗生物質もらっていたが飲むタイミングが遅れ具合悪くなる。病院に電話して薬を飲む。

9/8の13日目。。。とうとうこの日が来た。
脱毛が始まったようだ。「季節の変わり目にあるよくある抜け毛」のような、まだそんなに気にならない程度だったのが、どんどん増えていく。旦那の胸を借りて『わーーん』と泣いた。一緒に泣いてくれた。
「大丈夫。治せばまた生えるから!」と。やっぱり避けられないんだ。ただ頭皮がピリピリしていた。お風呂もシャワーだけにしないと大変な事になる。シャワー浴びながら自分の抜けた髪を拾い、毎晩泣いてた。
相変わらず頭痛が激しい。

9/11 16日目
日に日に抜け毛が多くなる。やっぱりケア帽子だけでは外を出歩けない・・・ということで嫌で仕方なかった「ウイッグ」を作りにいった。
地毛を洗ってもらった後ドライヤーで乾かしてもらったが、その風だけでどんどん抜けていく。もう泣いても仕方ない。超ベリーショートにしてもらってゆうたんと一緒に写真を撮った。親子だから当たり前だけど、ゆうたんとソックリだった(笑)ものもらいもできてしまい眼科へ。

ケア帽子…家の中ではこれかぶって過ごした。病院に勤めている知り合いからもお見舞いにいただいた。最初手元にコットンのケア帽子2枚。これでいいやなんて思ってたけど、頭って思ってたよりも汗かく。洋服と同じだから汗かけば洗わなくてはいけない。バンダナも巻いてみたけど、寝ている間にズレてしまう。(危ない!笑)
お友達からタオル地で作られたケア帽子が気持ちいい^^と教えてもらいそれをネットで購入。あと、母が自分の病院で『タオルでケア帽子を自分で作る』という講習があり、それを受講。私のケア帽子を2枚作ってくれた。タオルだから肌にもやさしいし、汗も吸い取ってくれる。寝る時も気持ちがよかった。全部で計6枚^^

21:57

手術・退院

07 31 *2010 | 病気のこと

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手術まで3ヶ月・・・長いよ。
毎週手術が入ってて、私よりチョッピリ若い主治医のY先生も忙しいらしく・・・患者さんも多くて大変みたい。ただ、一刻も早く取り除きたい私には長い長い期間だった。

7/26から入院し、/28手術(全身麻酔・温存)、/31退院。
センチネル生検の結果、リンパへの転移も無かった。
母は切除した「ヤツ」(笑)を見たそうだ。
また手術後、先生から「○○さん~終わったよ」と言われ目を覚ます。
手術室から出る際、母とゆうたん(旦那は仕事)に迎えられたがぼーーーーーとしてて記憶なし・・・。ゆうたん、この日自宅に帰って母の前で泣いたそう。

手術後次の日「いつ帰る?明日でも帰れるよ」と言う先生。
え???えーーーーーーーそんな!ビックリした。ベッドが空いてないから早く回したいの?やめてくれー

17:23

ママ友達と大泣き

06 20 *2010 | 病気のこと

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ずーっと仲良くしている友達(闘病していた)に私の病を打ち明けた。
電話しながら2人で大泣きした。
部位は違うけれど、同じ痛みを味わっていたから。
「転移はなし」ということで、すごくすごく喜んでくれた。
2人で頑張ろう!乗り越えてみせよう!と誓った。
生涯の友達・・・だなあ。

16:55

実家の家族へ

06 15 *2010 | 病気のこと

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妹には5月の末に話をした。
父と母にはきちんと判明してから報告しようと思った。

病気の事告白したら
「なんですぐに電話してこなかったの!あほちゃうか!」と怒鳴られた。
この当時、母も病気と闘っていた。だから私のことで心配をかけたくなかった。ごめんね。

「こっち(仙台)に帰ってきて治療しなさい」とも泣きながら言ってくれた。
実は私の友達も闘病していた。その子は旦那さんには残ってもらい、子どもを転校させ、自分と子ども2人で実家に帰って治療していた。
私もすごく悩んだ。
その方が実家の家族にサポートしてもらえるし、旦那も安心かもしれない。でもゆうたんは4年生。私の病気が判明してから多分いろいろ気を遣ってくれている。私の病気のことでショック受けているのに、その上転校させるというのはかわいそう・・・。悩みに悩んだが、幸いな事に病院までの通院はしんどくなかったので自宅から通って治療することにした。

ごめんね、本当にゴメン。絶対治すから。

17:54

MRIとCT

06 14 *2010 | 病気のこと

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6/11にMRI(すんごい大きい音で注射したあと全身撮る)
6/14にCT(点滴しながら撮る)

検査の結果、転移は見当たらないとのこと。
よかった・・・本当に良かった。ホッとした。

22:43

検査結果…

05 25 *2010 | 病気のこと

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検査の結果・・・

やはり乳がんの可能性が高いとのこと。
愕然とした。
私が?何かの間違いでしょ?

コアニードル生検という検査を受ける事になった。
これで悪性か良性か調べるとのこと。
麻酔を打ち、ホチキスのような機械で「ガチャンガチャン」と組織をとる。
何が痛いって、この麻酔が痛かった。胸に注射を打つんだもの・・・痛いのは当然よね。
涙が出た。
痛いのと悔しいのと情けなさでいっぱい。

22:35

マンモグラフィー検査

05 14 *2010 | 病気のこと

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がんセンターでの初診。
怖くて旦那にもついてきてもらった。

この日1日朝から夕方まで検査・検査・検査。
診察、触診、血液検査、超音波、マンモ・・・
何故もっと早く検診に行かなかったのか?
自分のこと、後回しにしていた。
ガックリした。
検査結果は10日後。

22:56

婦人科の検診へ

05 11 *2010 | 病気のこと

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朝、「夢ではないか?」と思いもう一度胸を触ってみた。
やっぱりあるよ。
旦那とゆうたんにも話しをし、触ってもらった。
「確かにあるね。」

とにかく病院に行かなくては・・・
いつも行っているレディーズクリニックに行った。
触診。。。

確かに子宮がん検診は受けていたけど、乳がん検診は区のやつでは『40歳』からだから「まだいいや」としたことなかった。

エコーで見てもらうと、やはり白い塊のようなものが1つ。そして、その横にも小さな白いものが1つあった。先生から「これはすぐ詳しく調べた方がいいなあ。どこか紹介して欲しいところある?」と言われたが、気が動転。「わかりません」と言うのが精一杯。すると県立がんセンターを紹介された。

「がんセンター」か・・・。気持ちが重たくなる。お父さんお母さん、妹に言いたかったけれどその時言えなかった。
はっきり分かってから知らせよう・・・心配かけたくない。

11:31

おかしいなあ・・・

05 10 *2010 | 病気のこと

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夜、横になり、何気なく自分の胸に触れてみた。
なんだ?これ?
左胸の内側になにかコロッとするものがあった。固い。
1cmあるかないか?動かないものが確かにあった。
よく分からなかった。
でも今までこんなのなかったよな?どきどきした。
もしかして・・・ガン?
そんなはずはない。
とりあえずその日はそのまま眠った。

14:46